HATAYA  渓谷の布工房

 

丹沢山塊の自然の中で 発見する喜びをつなぎたい。

神奈川県中央北部に位置する愛川町。糸の里として

かつて有数の生産量で知られたこの小さい街で1936年に創業した三和織物。

絹の保管を目的に蔵として、当時使用していたものをリノベーションし、

2015“HAYAYA  渓谷の布工房をオープンしました。

 

ショップ内は、匠技術で織られたフレスコ(絡み織)をはじめ100柄以上あるネクタイ。

10mほどの長さがある壁に敷き詰められたネクタイ用で織られた生地。

すべて専門店、百貨店などの高級生地からでたハギレ。

ネクタイのハギレを利用して作った一点ものバック、

雑貨類(ペンケース、クッションカバー、帽子など)

もの・こと・場所のあるストーリーを丁寧に伝え、

ものづくりの楽しさを発信できるショップにしていきたいと思います。

 

営業日:木・金・土曜日

営業時間:10:00–17:00

 

243-0306  神奈川県愛甲郡愛川町田代101 (Google Map)

TEL.046-210-0001

 

※商品についての問い合わせやご注文はお電話、下記 SHOP CONTACT FORM から承ります。

 

営業時間の変更

勝手ながら諸事情により5月28日から営業時間10:00~16:00までとさせていただきます。ただしご連絡いただければSHOPはオープンできますのでお気軽にお尋ねください。

SHOP CONTACT FORM

submit in progress

submit error

submit success

 

弊社から返信がない場合は、お手数ですが

お電話にてご連絡をお願いします。

HISTORY

 

半原地域における織物の歴史

 

半原、津久井地域(神奈川西部)は江戸初期より織物がつくられていました。

産業としては江戸天明年間に川和縞織りが起源となっています。

 

安政年間になると半原地方は水利、風土を生かした八丁撚糸機の導入により

撚糸で生計を立てるところが増え、絹布産地から撚糸業へほとんどが転換しました。

 

昭和初期になると洋式撚糸機の導入で水利等の条件に適合しない地方でも可能になり、

全国各地に設立されました。その結果生産過剰になり、半原撚糸は深刻な影響をあたえました。

その打開策として機業を創設して地元消費と産地安定を図ることにしました。

組合を結成し輸出向けの織物生産を始めるようになりました。

撚糸技術を生かしジョーゼットを製品に中国、満州向けに輸出されました。

 

戦後よりガチャマンといわれる景気が起き一時的に好調でした。

織物の種類は合繊織物、着尺、裏地、ネクタイ、マフラーと幅広く織られるようになりました。

その後生産規模、品質面で北陸大産地に押され輸出は急減しました。

 

昭和30–40年代になると他産地と競合する多量生産品分野で、

設備面に対応できず製品の一部は減少、消滅していきました。

昭和50年代になると輸入品の増加、輸出の極度の悪化により生産規模の縮小、

廃業が増え、戦前の10分の1程度の規模になってしまいました。

 

各社は生き残りをかけるため、蓄積された技術力を生かし、小ロットの差別化製品、

高級化を推し進めました。しかし、この地域は何十件もの織物業者が存在しましたが、

時代の流れによって環境の変化に対応できないものは淘汰され、

唯一神奈川県内で残ったものは弊社1社でした。

© 2018 SANWA ORIMONO CO., LTD

© 2018 SANWA ORIMONO CO., LTD